猫とワタシ

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この記事のみを表示する【原爆の日によせて】

日記・エッセイ・コラム

今日、日本は、広島は、70回目の「原爆の日」を迎えます。
そして、もう二度とあの惨劇がくりかえされない願いを込めて平和記念式典が開かれます。


私にとって忘れられない、胸に刻まれた「広島の原爆」にまつわるある秘話があります。

それを知ったのは、2003年の春。
アースデーという地球環境をテーマにしたイベントに参加したとき、
インディアンフルート奏者の岡野弘幹さんがご紹介くださったお話と映像に衝撃を受けました。

岡野さんは、1999年、地球温暖化防止を呼びかける集まりの中で、
『21世紀を目前にして、これまでの100年、1000年規模の総括として、
今まで永い間に、この母なる地球に対して、人間が行なって来たことに対して、
ちゃんと反省して「ごめんなさい」と素直に謝ろう』
そんな呼びかけをしました。
そして、1941年に真珠湾攻撃が行なわれたパールハーバーにおいて、
鎮魂の思いを込めて追悼演奏を行なおうと計画します。
この提案とビジョンが、世界中の人々の賛同を集め「奇跡」を起こすことになりました。
 ...............................................

岡野さんは、ハワイへ渡る前、九州の八女郡星野村という山あいの小さな村に
「原爆の火」が大切に保管されていることを知ります。
何故、広島の原爆の火が、九州の小さな村に今まで灯し続けられているのでしょうか?

実は、この星野村で生まれ育った山本達雄さんという方が、広島からカイロに移し持ち帰ったものでした。

山本達雄さんは、原爆が投下されたとき、
広島から130キロ東の陸軍野営部隊で任務についていて、
広島近くの本隊への移動中の汽車の中にいました。

大混乱の中、広島市内で書店を営む、叔父の安否が気がかりで確認に向かいますが、
燃えさかる地獄絵のような町をさまようも、伯父さんの安否もわかりませんでした。

半年後、父親変わりだった伯父さんの行方がどうしても気になり、
遺骨の変わりになるものはないかと再び現地を訪れ、地下壕で燃える「小さな炎」を発見します。
その炎は、まるで生き物のように見えたそうです。

達雄さんは、お婆さんが寒い冬に出征するときに持たせてくれたカイロがあることを思い出し、
形見として残り火の炎をカイロにうつし持ち帰ります。
1945年 9月16日のことでした。

星野村に戻り、伯父さんの母、つまり、達雄さんのお婆さんに火を見せ、
「ばあちゃん、伯父さんの形見はなんもなかばってん、
叔父さんを焼き殺した火をもってきたばい」...と渡します。

お婆さんはだまって、その火を囲炉裏と仏壇に灯し、
その日から毎日毎日、火をたやさずに祈り続けました。
そんなお婆さんの姿に、達雄さんの中にあった「アメリカへの恨みの心」は揺らぎはじめます。
お婆さんが病気になって博多へ行くことになってから、
今度は達雄さんが、雨の日も風の日も、暑い夏でさえ、囲炉裏や火鉢にうつして、
家族と共に密かに守り続けたのだそうです。

次第に、村でこの火が話題になりはじめ、村民の同意として、村が管理してくれることになりました。

............................................

2001年、この原爆の火は、星野村から再び2つのカイロに分灯されます。
その1つは、『平和への祈りの旅~ピースウォーク』の象徴としてハワイに渡り、
12月7日 ハワイ州立公園にて、ネイティブハワイアンの人々とともに、
「同時多発テロの犠牲者」
「真珠湾攻撃による戦死者」
「広島、長崎の原爆による犠牲者」
「すべての戦争の犠牲者」の皆様と、
未来の子供たちにむけて祈りが捧げられました。

長い年月、灯り続けてきた原爆の火は、世界平和を祈るセレモニーに重要な役目をはたし、
この後、アメリカ NYのグランド・ゼロへむかい、お焚き上げをして「天空」へと還されました。

そして、もう1つのカイロに分灯された火は、どこへむかったのか?

実は、広島の原爆に使われたとされる「ウラン」が採掘されたアリゾナ州へ向ったのです。
ネイティブアメリカン「ホピ族とナホバ族」の「聖地」に到着し、
過去から現代における「負のサイクル」の輪廻から解放されますようにと、
ホピ・ナホバ族の長老の方々によって祈られ、
ウランが掘られた元の場所「母なる大地」へ還されました。

その時の様子がビデオにおさめられていて、私達も見せていただきました。
祈りが捧げられている時、どこからともなく「風」が起こりました。
やがて「風」は大地で渦を巻いて、小さな竜巻のようになりました。
そしてなんと「原爆の火」が、その竜巻にのって、空高く「天空」へと消えていったのです。 
まるで、すべてを許し受け入れるように、浄化するように、
空の彼方へと消えていきました。。。

映像を見ながら、
自分が戦争の歴史をたどる中で感じた
「悲しみ・怒り・無力さ」が癒えていき、
「許す気持ち・感謝・希望」に包まれていくような
言葉では言い尽くせないような感覚になり、
涙があふれてとまりませんでした....


祈りのピースウォークは、今年も原爆の火と共に、アースキャラバンとして引き継がれています。
今年は、『広島 → 東京 → ヨーロッパ → エルサレム』へとリレーされ届けられる予定です。
http://www.earthcaravan.jp

改めて、広島・長崎で原爆の犠牲になられた方々、
戦争の犠牲となられた方々に、謹んで哀悼の意を捧げます。
合掌。。。
 ウィキメディアより

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この記事のみを表示する【トリオデビュー♪】

音楽


先日、8月1日は【いちよ・たかこ・やぎりんトリオ♪】の正式デビューの日となりました!
主催者の朝倉晴彦さんの熱い思いで実現できたコンサートでもあります。
猛暑の中にもかかわらず、会場にご来場いただいたお客様と、
コンサート実現に力を注いでくださったすべての皆様に心より御礼を申し上げます。
本当にありがとうございました!

当日は2部構成で、アンコールを入れて17曲演奏されました♪
会場の皆様が心の耳を開いて聴いて下さっていることがステージに伝わってきました。
演奏者にとって何よりの喜びです!!

当日のプログラムはこのような曲目でしたッ♪

(私達の似顔絵漫画は小澤一雄さんの作品です)

すべての曲目について、八木倫明さんが解説文を書いてくださいました。
その一部をご紹介します。


今回は朗読も交えて『音と言葉の 風のような物語♪』というコンセプトでお届けしました。
初お披露目する楽曲もあって、ワクワクドキドキのステージでしたが、本当に楽しい時間でした♪

これからこのトリオがどのように広がっていくのかとても楽しみです。
これからもあたたかく見守っていただければ幸いです。
今後ともよろしくお願いいたします!!

コンサートの模様を、いつもサポートしてくださってる中野秀樹さんが撮影してくださいました。


Photo by 中野秀樹

主催者の朝倉晴彦さんと、このトリオ誕生のキューピットでもある千葉雅子さんと一緒に♪♪

Photo by 千葉雅子

最後に、今回のコンサートを企画し、情熱と行動力をもって成功に導いてくださった主催者の朝倉晴彦さんに心より感謝申し上げます。
(朝倉さんが『厚木で地球音楽を楽しむ会』のブログで「よろこびのうた」と共にご紹介くださいました)

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